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2005年10月30日

スペインの常識? その2

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スペインの蝶は春菊は好きかな? この花は、なべにしようと買った春菊の花です。

この前、
「日本の民謡のちょうちょはスペインの歌なんだってー」
と、言う話を聞きました。前にもそんな話を聞いたことがあるような気がしたのでインターネットで調べてみました、すると:

「ちょうちょう」はスペイン民謡の原曲に野村秋足(あきたり)氏が明治7年に1章を作詞し、明治14年の「小学唱歌 初編」発行の際に稲垣千頴(ちかい)氏が2章を作詞したものです。またその後、明治29年「新編教育唱歌集」に3・4章が加えられました。

他にも:

メロディはスペインの歌が元になっていると言われ、ドイツほかヨーロッパ各地にも伝えられた。「ドイツ民謡」とクレジットしている楽譜もある。
 小林愛雄は、英語の歌詞から「かろく、こげや、しづかな、なみに…」と訳したが、現在では野村秋足の「ちょうちょう、ちょうちょう、菜の葉にとまれ…」という元の舟歌とは無関係の歌詞だけが残った

ほんとだったんだー
と思いながら原曲のLightly Rowと言うらしい歌を探してみると・・・・・・・・
スペイン語ページが見あたらない・・・(英語ばっかし)
今度はYAHOOのスペイン語版で探してみると・・・・・・・・・・・
やっぱり無い。
これ、本当にスペインの曲なんでしょうか?(歌詞もタイトルも英語っぽいし)
ちなみに僕はこの曲らしきものは一度も聴いたことがありません。首都のマドリッドに住んでいるからでしょうか?

2005年10月29日

僕の文房具

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一見すると普通のペン。でも拡大すると・・・・・・・・画像の確認

特に深い意味はありません。
適当にいたずらしたらエルビスに似ていて面白かったので写真に撮っただけです。
くだらなくてごめんなさい。


2005年10月28日

星みっつ!!

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生マグロのねぎとろど~ん!です。

今日の夕食は生マグロのねぎとろ丼。
私の働いている会社では、週に2,3回、生マグロが入荷します。
三枚に卸した中骨(1mはあったかな)についている身をスプーンでかいて、家でねぎとろにしました。これも役得、ただでお持ち帰りです。
といっても、今日は急だったので、ねぎなし。
寿司飯の上にもみのりをかけ、たっぷりねぎとろを乗せました。
悠の一口目
「う~~ん。おいし~い」ねぎとろと同じくらいとろけてます。
この生マグロ、地中海産で日本にも輸出されています。
日本に送る前のとれたてをお先に「いただきまーす」。
冷凍されていないマグロは赤身でも脂がのっているのを実感できる味です。
スペインにお越しの際はぜひ生マグロも味わってください。
どこで?って、ご連絡いただければご案内しますよ!
ちなみに私、魚屋に勤めているわけじゃありませんので・・

2005年10月26日

おじさん(と犬)

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前に山にピクニック(ハイキング?)にいった時にいたおじさんと犬です。絵になります。

この写真は山の近くにあったmirafloresという村(街?)のバーで見つけた人です。
僕たちが4人でコーヒーを飲んでいると近くの席におじさんと犬が座りました。そのおじさんはひげを生やしてパイプを吸って新聞を読んでいて、まさにアルプスの少女ハイジ(見たこと無いけど)に出てくるようなおじいさんでした。ちなみにスペインでは昔アルプスの少女ハイジをテレビでやっていたらしく知ってる人がたくさんいます(他にもマジンガーZやドラえもんも有名です)。
後、その村にはこんな犬達もいました。

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ミサ

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うちの学校はカトリックの学校なのでミサがたまにある。

僕はキリスト教ではないが、カトリックの学校に5年も行っているので、聖書の物語のうち、いくつかのことは覚えてしまった。うちのクラスでは21人中僕以外の20人がキリスト教だ。別に何の宗教にも入っていないのだが、中途半端な気持ちでなってもキリストに失礼だろうと思っているのでなっていません。
ミサで僕が疑問に思っていたことは、信者が食べる丸いもののことです。
でも、スペインに来てやっとわかりました、あれはパンだったのです。
(みんな知っていると思うけど)なぜミサでパンを食べ、ブドウ酒を飲むのか説明します。
それは有名な最後の晩餐の日に関係しています。
最後の晩餐と言うのは過越際(すぎこしさい)と言われる除酵際に起こります。
過越際の晩餐の時、イエスは十二人の弟子(使途)たちにパンを裂きに渡し
「これは、あなた方のために与えられる私の身体である。私の記念としてこのように行いなさい」
と言い、ブドウ酒の入った杯を取りに回して飲まし、
「この杯は、あなた方のために私の血による新しい契約である」
と言った。
つまりミサでパンとブドウ酒を飲むのはキリストの血と肉を取り込むという意味なのです。
後、なぜ最後の晩餐と呼ばれるかと言うと、イエスは、その次の日に使徒の一人のユダに裏切られ、磔にされるからです。最後の晩餐の日イエスはユダだが裏切ることを予言したそうです。
この話はマタイ26-20~25、マルコ14-17~21、ルカ22-21~23、ヨハネ13-21~30に載っています。

2005年10月24日

ラブラドールかな?

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この犬は10月12日のヒスパニアデイのパレードでみかけた犬です。よく見るとリードがスペイン国旗の赤と黄色になっています。

スペインには犬を飼っている人がたくさんいます。やっぱり日本より環境がいいからでしょう。
例えば:
・アパートでもペット禁止と言うところが少ない。
・道端に犬のフンを片付けるための袋とその袋を捨てるためのゴミ箱がある。
・首都のマドリッドにはカサ デ カンポと言うすごく大きな自然公園がある。
・犬は犬同士や人間とも仲が良い。
・バルやレストランのテラス席はほとんど犬OK、日本にあるドッグカフェなんてみたことない。
スペインでは年配の人が犬を飼っていることが多いので、運動不足で結構太っていることが多いです(おじさんのことではありません。犬です)。
ちなみに僕の好きな犬はコーギー、母はモップ犬のオールド・イングリッシュ・シープドック(と言う名前らしい)です。


ドライブ

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今日、シャオとシャオママチューさんとシャオパパヂュンさんと山へドライブに行きました(中国人のような名前ですが日本人です匿名なので気にしないでください)。

今日はシャオとシャオの飼い主さんのチューさんとヂュンさんと一緒に山へドライブに行きました(と、言うか連れて行ってもらいました)。
昨日は雨だったので明日のドライブは無理かなーと思っていたら今日はめでたく晴れました。
最初は山に登ろう、と言うことだったはずなのですがいつの間にかきのこ狩りと言うことになっていて僕は大きなかごになぜかきのこでなく母親のコートを入れて山を登ることになりました。
行きは大変でしたが、頂上で食べたチューさんが作ったおにぎり(うちは母が寝坊したので作る時間がありませんでした。人のこといえないけど)すごくおいしかったです。
結局きのこは一個も取れませんでしたが、マンガのような毒キノコの写真を撮ることが出来ました。
山登りの帰り道、行きではあんなにうるさかったシャオは疲れてこんな顔をしながら眠ってしまいました。

2005年10月20日

さんま

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秋刀魚、秋刀魚,さんま苦いかしょぱいか。でも本当は・・・・

これ、本当は秋刀魚ではなさそうです。
市場に行ったらピカピカ光っていたんです「おいしいよ~」って。
日本人の板前さんに聞いたら「日本だとサヨリっていうやつかなぁ」。
実は、スペインに来て6年、ただの一度も秋刀魚を食べていなかったのです。
スペインでは見たことなかったし、日本に帰ったのも秋じゃなかったので。
日本にいたころは秋になると安い秋刀魚を散々食べたものです。
庭に置いてあるコンロで、コートを羽織って焼くのが私の役目でしたっけ。
本当は日本から持ってきた七輪もあるのですが、今日はともかく早く食べたくて、あら塩を振ってオーブンで焼きました。
大根おろしをかけて、悠と貪り食いました。これで1キロ、1,5ユーロ。

2005年10月19日

クラスメイト2

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このカテゴリーの最初の記事が男子だったので次は女子にします。 この写真は、学校のお祭りで私服登校した時の写真です。やっぱり圧縮すると変なので本人達に怒られないようにちゃんとした写真も載せます画像の確認 foto

前に書いたけど、スペインでは男子より女子のほうが勉強が出来ます。この二人はクラスでも1~2位を争う?ぐらい勉強が出来ます。特に右のメガネの子はすごく勉強が出来て成績はすごくいいです。でも、僕はこの子がカンニングしているところを何度か見ています・・・・・(うちのクラスでは男子より女子のほうが成績が良いですが、実はカンニングをしている90%は女子です。僕が目撃した中では。)
左の子はまじめで、たぶんカンニングなんかはしません。そして去年はクラス委員でした。ちなみにこの学校ではクラス委員と副クラス委員がいて、投票で選びますが、なぜか必ずクラス委員は女子、副クラス委員は男子になります(やっぱり女子は強いなぁ)。この二人は仲良しで二年B組(うちのクラス)では毎月曜日に自由に席替えが出来るのでいつも隣りあわせに座っています。

2005年10月18日

スペインの常識? その1

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この写真はトレドで撮った写真で、このカテゴリーに合う写真がないのでこれにしました。

僕は五年前にスペインに来たときから
「日本とはぜんぜん違うなー」
と思ったことがたくさんありました。ここでは日本とスペインの違いのことを書くことにします。
まずびっくりしたのは、スペインと日本で童話の内容が違う事です。

スペイン版ウサギとカメ
昔々あるところにウサギとカメがおりました。(始まりは日本・スペイン共通です)
ウサギは日ごろから自分の足の速さを自慢していたので、カメは
「自分達の全部のお金をかけて競争しよう」
と、言いました。(お金がかかっているところがちょっと違う)
その後、カメは、自分の妹?に賭けをしたことを相談しました。
すると、妹は困っていたカメに名案を出しました。それは妹がゴール近くに隠れて、ウサギがカメを引き離したところで、妹が出てきて先にゴールすると言うものでした。(要するにズルじゃん)
そして競争の日(ズルした)カメは見事ウサギに勝ちました。
めでたしめでたし。
注:カッコの事は童話には出ていません。

スペイン人に
「この童話はどんな教訓があるんだ?」
と、聞くと
「どんなにすごいことが出来ても自慢するな、じゃないの?」
と、言っていました。
でも、僕には
「負けるぐらいなら反則してでも勝て」
の様な気が・・・・・

2005年10月17日

クラスメイト

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僕のクラスメイトです。写真を圧縮すると変に見えます。

僕の学校には前にも書いたけど外国人がたくさんいます。この子はスペインに来てからずっと僕と同じクラスにいるフィリピン人の男の子です。
自分はかっこいいと思っている(実際そうかもしれないけど)ナルシスト?で、うちのクラスではとくに女子人気があるらしい(やっぱりかっこいいのだろうな)。昔は髪にジェルをたくさんつけていたのであだ名はhombre gomina(ジェル男)でした。勉強は男子にしてはいいほうかな?(うちの学校では男子には勉強が出来る子はほとんどいません)でも、スポーツは万能でバスッケトボールがすごくうまいです。
ちなみに前に書いたアクセサリーをジャラジャラつけた生徒とはこの子のことです。

2005年10月16日

シャオ

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このカテゴリーで初めての記事はやっぱりシャオです。

シャオは母の友人の犬です。
生まれはイギリス、種類は雑種の男の子、名前は小龍と書いてシャオロンと読みます。
年はなんと14歳!僕と同い年です。犬の年齢で言うと84歳、なのに、まだまだ元気で散歩とゴハンとボール遊びが大好きです。
うちには、飼い主さんが日本に帰るときに留守番しにきます。僕はシャオが来るのが楽しみです。
シャオのお話はたくさんあるので、これからたくさん書かせてもらいます。ちなみにこの写真は飼い主さんの一番お気に入りの写真です。

2005年10月12日

ヒスパニアデイ

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今日、10月12日はスペイン人?のコロンブスが1492年にアメリカ大陸を発見した日です。                      ユウ

今日はヒスパニアデイと言うアメリカ大陸が発見された日です。
例年行われる軍事パレードを見に行きました。
そこで、学校の先生が説明してくれたコロンブスがアメリカ大陸を発見したときの話をここに書きます。(何年か前の事なので間違ってるかも知れません)
1400年頃、ヨーロッパからアジアに行くことが禁止されていました。でも、、コロンブスは地球は丸いので、西回りに海を渡って行けばばアジアにつくと考て、スペインの王達に航海のためのお金を出してもらうことを頼みました。しかし、スペインの王達はそんなのは不可能だと言ってコロンブスは相手にされませんでした。そこでコロンブスはタマゴを出して
「このタマゴを立てられますか?」
と、言った。誰も出来ないのを見て、コロンブスはタマゴのおしりを割ってタマゴを立てて見せた。
スペインの王達は
「そんなばからしいことは誰でも出来るじゃないかー」
と言ったが(もっと威厳がある感じに言ったと思う)コロンブスは
「ばからしいように見えてもあなた達は思いつかなかったでしょう」
と、応えた。(もっと丁寧に言ったと思う)これが日本で有名なコロンブスの卵の話です。(なぜかスペイン人はこの話を知りません)
そして、コロンブスは長い航海の末やっと陸地を見つけて
「やっとアジアのインドについたぞー」
という報告をした。(どうやってしたか分からないけど)
ところが、コロンブスが上陸したのは、インドではなく新大陸のアメリカのバハマ諸島だった。
それを知らないコロンブスは、アメリカの先住民をインディアンと名づけた。(インドの人だから?)
そしてコロンブスはタバコ、トマト、とうもろこし、ジャガイモ、黄金(だったっけ?)・・・などを持ち帰って来た。

これが僕が教わった話です。
この後、アメリカ大陸に黄金を求めて大きな移住があったりしたらしいけど僕はよく覚えていません。
ここでは軍事パレードのことを書けなかったので、別のときに書くことにします。

2005年10月10日

ラモンのバル

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日曜日になるとよくラストロに出かける。
何をするとか買うとうのではなくただブラブラ・・・
自宅で生まれた子犬や子猫を売っている人もいるので、動物好きの私たちはひやかしをかける。残念ながら今すぐには自宅で動物を飼うことはできないからだ。
それから、日本にいるフラメンコダンサーのまみさんにフラメンコのカセットを探したりもする。この前はなんと1€だった!さっそく送ったら「さすが地元のレアもの」と絶賛されてしまった。
ところでラスロトの中に「ラモンのバル」がある。
土日しか開かないラモン氏のバルだ。
聞くところによると、ラモンはバダホスの近くにぶどう畑を持っていて、そこでできたワインをおいしくて大きいオープンサンドと一緒に売っている。
彼の白ワインは私のお気に入りだ。甘いのにさっぱりしていて、その上安い・・と三拍子揃っている。だから彼の店は大混乱で「行くぞ!」と気合を入れないと何もありつけない。
つい最近までは、ワイングラスでサービスしてくれていたのだが、あまりの混雑に客が外で立ち飲み立ち食いするためか、プラスティックのコップと紙皿になってしまったのが残念だ。こうなると私の目的がラストロかラモンのバルかわからなくなる。
でもラストロは午前中のみ。2時には露天は店じまいしてしまう。
と言うことは朝からワインを飲みに行くわけだ。
もしかしたら日本じゃ許されないかなぁ・・思いつつ悠をお供にまたラストロに出かけてしまう私です。朝からバルでワイン飲む母に付き合う中二ってどうなんでしょう・・・