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百マス計算考

今話題の「百マス計算」ですが、むつみは大キライです。
マス方式ではなく、5+8=?という式を100個ならべるとそれほど嫌がらないところをみると、 マス計算のやり方に拒絶反応するらしい・・・。
4月に「百マスドリル」を買い与えたものの、毎回やらせるのに一苦労で、こちらも疲れてしまったので、 「百マス計算」は私がやることにした。そのかわり採点はむつみにやってもらう。 そうすると、大喜びで丸付けをしている。
「それって、やってるのと一緒よ・・」と心の中で思ってみている。結構おかしい!
夏休みまでに一分をきるのが、私の新しい目標となりました。


「百マス計算」は音読とならんで、陰山英男氏による「読み書き計算の反復練習による、学力向上プログラム」のひとつで、文字通り10×10のマス目を足し算、引き算、掛け算に使い、計算力の基礎を固める練習。タイムを計るが、人と比べることよりも、昨日の自分より今日の自分になっていることを大事としている。氏の本は今やベストセラー。「本当の学力をつける本(学校でできること、家庭でできること)」
小2の4月半ばから宿題に持ち帰るようになり、一番早い子は2分ほどで計算するらしい。むつみはタイムを縮めるという気はさらさらないらしい。まあ、いいかー。

コメント (5)

よしひこ:

ははは。これでむつみちゃんが計算できるようになったら大笑い ^_^

すみません、おじゃまします。
わたしは、採点と記録がめんどうなので、ソフトを作りました。
それで、google対策のために「百マス計算」を検索していたら、ここにぶつかりました。
それでびっくり。うちもMovableTypeでございます。それも同じテンプレート・・・

もちろん百マスだけで天才になるわけではないし、算数ができるようになるわけでもないんですけど、ルールが簡単で「親子で楽しめる」ところがポイントかなあと思います。

「vector」で、ランキングに入りました。

おじゃましました。

はるみ:

kannopapaさん、コメントをありがとうございます。
面白いソフトですね。うちの娘もそうですが、いまどきの子はドリルに向かうより、パソコンに向かうほうがずっと楽しくゲーム感覚で「百マス」が出来そうに思います。今度チャレンジしてみますね!!

むつみ:

おかあさん、一分きってないよ。それに夏休みなんてとっくに、すぎてるよ。一番早くても、一分十六秒でしょ。

「百ます計算」を算数導入ツールとして使ってはいけない理由
「百ます計算」に関する下記記述は、最も一般的な指導者の感想だと思います。ですが、残念なことに表面的なことにしか気付いていない幼稚な解釈だと思います。→は作者のコメント
http://www.kyo-sin.net/kyousi.htm(教心ネットより)
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1.百ます計算とは、加減乗除の四則演算をパート練習するためにあるのだ。パート練習をしたら計算の意味を考えなくなるのか? ならば音楽でパート練習をしたら合唱の意味がなくなるのか? 野球で守備練習をしたら試合ができなくなるのか? 全く見当はずれな意見である。
→この認識の甘さが命取りである。確かに野球で守備練習は誰もがします。ですが、その練習方法が先に繋がらない無駄の多い練習だとしたら、時間の無駄ということです。さらに、副作用があるものであれば即刻中止しなければいけないのです。「練習だから何でもいい」ではいつまでたっても試合に勝てないのです。
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2.どうやら、現場の教師を含め世間で大きな誤解となっていることは、「百ますをやれば算数ができるようになる」と勘違いしている点である。百ます計算というのは単なる教材の一つにすぎない。言ってしまえば単なる紙切れ一枚である。その紙切れ一枚で算数ができるようになるのなら、教師はもちろん、学校も塾も家庭教師もいらないではないか。
→「単なる教材の一つ」という捉え方がいかに子供達にとって危険なことかを考えたことがないのでしょうが、子供達は順応性が高いので「単なる教材の一つ」であっても強い影響を受けてしまいます。使い方によっては致命傷を与えます。ですから、教材はすべからく厳選すべきなのです。「百ます計算」は構造的に無駄を無理強いし思考を麻痺させます。使ってはいけないシロモノなのです。
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3.考える力を育てる授業、しかし、そこには大きな落とし穴があるのだ。現場の教師がよかれと思ってやっている授業、考える力を育てる(と思っている)授業は、言ってしまえば上位3割程度の子どもしか理解できない授業である。残りの7割、特に算数のできない子にとってはほとんど収穫のない授業ばかりである。総じて現場の教師はそういう自己満足的な授業を歓迎する傾向がある。できる子、わかる子はそれで満足かもしれないが、多くのできない子にとってはそういう授業は単なる傍観者にほかならない。
→「分かる・理解できる」「考える」ということがどういうことかを知らない人が指導すると上記のようになりますし、上記のような批判をします。どちらも指導方法を知らない人の言葉です。応用力を付けられない無駄な作業を繰り返すことには何の意味もありません。貴重な子供達の時間を浪費させてはいけないのです。
→参考:「分かる」と「考える」
http://homepage.mac.com/donguriclub/frontpage.html

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2003年6月 7日 22:14に投稿されたエントリーのページです。

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