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4月から

6年程続けてきた配食のボランティアですが、
区の事業の変更のため、3月までで終了ということになりました。
毎週、通い続けてきた方々とお会いできなくなるのは、とても寂しいです。
お弁当を利用されていた方は、4月からは区から紹介された民間の配食サービスを同じくらいの負担額でご利用されることとなります。

昨日、区からの挨拶のお手紙が届きました。
今後とも積極的にボランティア活動を続けて欲しいという内容と、
「高齢者見守り訪問員(ボランティア)募集」の案内が同封されていました。
近隣地域で週に一度くらいの安否確認、200名程度募集するそうです。
離れて住む高齢の親を持つ身には、近所でこういう活動をしてもらえたら安心だと本当に思います。

ただ、定期的な訪問は、元気なときはいいのですが、
病気の時など不安のあるときは臨機応変に対応してもらえると、
家族としてはうれしいのですが、それは難しいでしょうね。
本当はご近所さん同士、何気なく関わりあって助け合えるような関係が、
暮らしの中でできるのが一番いい事ですね。
でも、同じマンションの中ですら、住んでいる階が違うとまったく様子がわからないのが現状です・・・。

配食のボランティアをして、週に一度お会いしてお話をする楽しい時間を持てました。
私にとって、とても良い時間を過ごせたと思います。あと数週間がんばります!!

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コメント (5)

Toni:

ごくろうさまでした。

それほど昔でない頃、「日本は世界一の長寿国」と
誇らしげにマスコミは喜ばせた。
でも、どこにも介護という事態が起こるとは書いてなかった。
二月の初め、101歳になった伯母を見舞いに行った。
異様なほど静かな病院の廊下、夕暮れ時なのに電気の
消された病室、みんな意識のない人ばかりだ。
伯母の名前を呼び、目覚めさせても、どうみても私を
誰だか理解していない。ほんの5分も病室にはいなかった。
とても居たたまれなかったからだ。
日本中にこのような病院はいたるところにあるのだろう。
これが「日本は世界一の長寿国」の数字のなれの果ての姿だ。
とてつもなく寒い北風にふるえながら、
駅までの遠い道を歩き、
伯母は幸せなの??
生きてるって知ってるの?? 
と考えたけれど、答えなんかみつからかった。
いまも答えはみつからない。


はるみ:

Toniさん こんにちは
伯母さま101歳でらっしゃるのですね。
明治のお生まれ、いろんな時代を生きていらしたのですね。
たとえ短い時間でも、訪ねて来てくれる甥ごさんがいることはとてもお幸せだと思います。
どうぞ、また会いに行って差し上げてくださいね。

今、介護に関して先行き不安なニュースがありますが、
介護の現場で働く多くのスタッフは、ちゃんとした気持ちを持って働く人々だなあと研修にいったり、
仕事を始めて出会った方をみて思っています。
伯母さまのまわりのスタッフの方も、きっとそういう方がいらっしゃることと思います。
日本の介護は確かに多くの問題がありそうですが、
ご高齢者ご自身の暮らし方、家族の考え方などはなかなかすぐに変えられるものではないのかもしれません。
年をとった時、どう暮らしたいかということを考えながら過ごすことは、
これから先、とても必要だと思います。
ご高齢でも元気なお年寄りは、ちょっとのことではクヨクヨせず、
新しいことを受け入れやすい明るい方が多いように思います。
41歳寿命説という本が過去にありましたよね。
生き残れたようなので、これから先もなんとか明るくがんばりましょう!!

Toni:

はるみさんへ
高齢者と話す機会がわりとあるのですが、
元気な人のパターンははるみさんの言うとおりですね。
一番、苦手なのが「みじめ」ことを自己証明にしている
ような人。どういっても話しになりません。
医学の発達が長生きさせる、できることに最大の貢献を
したけれど、肝心のどう生きるかという点については
何もできなかったわけでしょう。肉体は生きていても
精神というか意識は死んでるのと同等の分裂はとてつもなく
不幸だと思う。
もっと短命だった時代は、肉体と精神が同時に死を迎えて、
終わりにしていた。もはやその時代に戻るわけはないけれど、
人間としての尊厳は、はるかに高くあったと思えてならない。
ちょっと重い話しになっちゃったけれどね。

Toni:

重い気分をちょっとかえてとおもったけれど、下記の話しも、
考えちゃう。
鉄道の網棚に忘れられた骨壷が
年間3万壷になるんだそうだ。
墓に納骨となれば、なんやかんやと
掛かるから、無縁仏としてどこかに
お願いするという無責任な話だ。

しかし、鉄道職員は網棚の忘れ物が重いと
直感で骨壷とわかるらしく、そのたびに
「アミダナブツ、ゴクラクジョウドオンノリカエ、
 アミダナブツ、ゴクラクジョウドオンノリカエ」と
たたりませぬように唱えるんだとか。
「網棚仏、極楽浄土御乗り換え」は筋があう。

はるみ:

以前テレビの特集で見ましたが、
お墓もなかなか大変な時代ですね。
いろいろ考えさせられますね・・・。

お仕事しながら、女性は、どの年代も強いなあ~(笑)と日々実感しています!
男性の皆さん、がんばってください!

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2008年3月 5日 17:41に投稿されたエントリーのページです。

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