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4.11に

3.11から一ヶ月たちました。
14時46分に黙とうしました。

一日を境にまったく変わるということがあるのですね。
両手いっぱいのものを持っているのに、
もっと何か必要なものがあるのではないかと、いつも求め、そして退屈していた日々。
両手の中のものは無くてもいいものがたくさんありました。
本当に必要なものはわずかです。

過剰な自粛はしないようにと呼びかけがあっても、
この衝撃的な一ヶ月の人々の感情を思えば、
今は静かにしていたいというのは、当然の気持ちだったと思います。
人は経験することによって強くなりますが、
時間の経過は慣れたり、忘れたりするのも人の性かと思います。
そして苦痛が続けば、怒りやいらだちがつのる事もあるでしょう。

出口の見えない状況に人々がどうそれを受け入れるのか?認めていくのか?
一般的に受容過程という流れがあって、
知らないでいるよりも、知っていた方が自分の気持ちを冷静に受け止め、
客観的にコントロールできる場合もあります。

私は母の認知症の介護の後で、この受容過程を知ったとき、
誰もがもつ気持ちで、
私一人じゃないんだなと思いました。
被災していない地域の人々も、心に大きなショックを受けた一ヶ月が過ぎました。
次の一歩の為にあまりにも定型的ではありますけれど、
何かの参考になればと書き留めたいと思います。

認知症介護者の受容過程

第一段階 戸惑い・否定
第二段階 混乱・怒り・拒絶
第三段階 割り切り・. あきらめ
第四段階 受容

フレデリックとガリソン 偶発的な危機のプロセス、災害に対する反応

第一段階 衝撃の段階
第二段階 英雄的な段階
第三段階 幸福の段階
第四段階 幻滅の段階
第五段階 再建、再結成の段階

今はもう再建、再結成の段階に来ているのだと思います。
いろいろ問題はありますが、幻滅していても始まりません。
被災された地域でこの夏のお祭りを計画している所もあるそうです。
今は先行きの見えない状況ではありますが、
人々の力を合わせて行われる楽しみな行事、
東北ならではの文化やにおいが消えないで残る事を心から祈っています。

母の時代の戦争を二度と起こさないように、平和を願って守ってきたように、
どこで起こってもおかしくない災害時に、同じ過ちを繰り返さないよう、
かわっていかなければ、かえていかなければ。

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コメント (1)

はるみ:

今日の夕刊に聖路加国際病院理事長の日野原重明さんの記事がありました。
死別の悲しみに寄り添う本を3冊紹介されています。

悲しみのプロセスについて記述がありました。
第1段階 ショック状態に陥る
第2段階 感情を表現する
第3段階 憂うつになり孤独を感じる
第4段階 悲しみが身体的な症状として表れる
第5段階 パニックに陥る
第6段階 喪失に罪責感を抱く
第7段階 怒りと恨みでいっぱいになる
第8段階 元の生活に戻ることを拒否する
第9段階 徐々に希望が湧いてくる
第10段階 現実を受け入れられるようになる
悲しみにプロセスがあることが分かれば、受け止めやすくなるかもしれません。

と書かれていました。
追記まで

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2011年4月11日 16:07に投稿されたエントリーのページです。

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