« 美味しい韓国 | メイン | おからの日 »

大人が恰好良ければ

震災後ずっと思ってきた事ですけれど、
被災地の暮らしを支えたり、助けている、
技術あるお仕事をされる方の懸命な復旧活動や、
出来る事をしているだけと黙々と身体を動かしている人々の報道を読んだり見たりする度に、
働くこと、行動する事がこんなに素晴らしくて格好いい事なんだと感動しています。

今日、偶然見ていた民放の朝の番組で、
警察署で行われた大洗町の暴走族の解散式を報じていました。
解散式には16~18歳の少年9人が出席。
『総長だった少年(16)は「これからはボランティア活動に力を入れ、
同じような境遇にいる子たちも一緒に参加できるようなチームを作っていく」と復興への協力を誓った。』

この報道を見た後に、
新聞記事を書き写してきたなかに、似た内容があったと、
ノートを再読してみました。
平成21年10月1日 朝日新聞に「老健施設から 「ヤンキー系」が介護を救う」
地元を愛するヤンキー系こそ、
一定の経験と実績を評価し個人経営の道に繋がる態勢を整えてあげれば、
地域密着型の介護福祉の空間を支えていく適任者と言えると語っています。
その通り!と思って書き留めていました。

ボランティアは大切とか、介護は人手不足ですといくら口で言っても、
行動してみるきっかけは、人それぞれに出会いと巡り合わせが必要なのでしょう。

kodemari.jpg
コデマリの花言葉は「友情」「伸びゆく姿」
先ほどの解散の報道の続きです。
『解散のきっかけは東日本大震災。
避難所などで「敵」と思い込んできた近所の大人や警察官から「飲む水はあるのか」などと気遣われ、
「暴走なんかしている場合じゃない」という気持ちが強くなったという。 泥まみれになった町役場の清掃に参加するメンバーも現れた。』

伊坂幸太郎さんの名言。
「そもそも、大人が恰好良ければ、子供はぐれねえんだよ」を思い出しました。
きっと彼らは格好いい大人になるに違いないと思います。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.redolog.net/mt/mt-tb.cgi/4419

コメント (2)

sacchann:

暴走していた少年達も、実は人一倍人の心に敏感だったりするだけで、
人に支えられたり認められることで自分に自信がもてるのでしょう。
平気で嘘をついたり、上っ面で判断したり、世の中にかっこ悪い大人はあふれています。
それじゃ「かっこいい少年」は育たないですね。

自分を認めてくれる「かっこいい大人」がいれば、
確かにぐれるなんて馬鹿馬鹿しい事にはならないわね。

「かっこいい大人」目指してますが、なかなか難しいです。
大人も修行ですね。

はるみ:

sacchan ありがとう。

あの放送をみた時、とても心をうったのは、
警察署で解散式をして、ちゃんとけじめをつけさせてくれた大人がいた事です。
大変な時期であっても、こういう事が必要なのだなと思いました。
行事や祭りを中止にしている場合じゃありませんね。

この状況を過ごす思春期の子ども達。
状況に対して判断したり、行動したり、語る大人をどうみて育つのか?
そこが大切だなと思います。
私たちも日々の暮らしや会話、キチンと過ごさなくちゃですね。

とてもいいニュースと思ったのに新聞にはどこにも載らず、残念でした。
sacchanからコメントもらえてうれしかったです!

コメントを投稿

About

2011年4月20日 16:10に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「美味しい韓国」です。

次の投稿は「おからの日」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。