« 好きなものは好き | メイン | ?を調べる 考える »

2015年 3月に読んだ本

「人は何のために「祈る」のか 生命の遺伝子はその声を聴いている」
        村上和雄 棚次正和
「不便なことは素敵なこと」  桐谷エリザベス著 桐谷逸夫訳・画
「生協の白石さん」  白石昌則 東京農工大学の学生の皆さん
「読書からはじまる」  長田弘
「現代、野蛮人入門」  松尾スズキ
「共に生き、共に苦しむ 私の「夜と霧」」 霜山徳爾
「わたくしが旅から学んだこと」  兼高かおる
「「いつ死んでもいい」老い方」  外山滋比古
「聴覚思考」  外山滋比古

sakura2015.jpg今日の桜と、
夜と霧の翻訳者霜山徳爾さんの本から、
霜山徳爾氏が敬愛するイエズス会のヘルマン・ホイヴェルス神父さんの本の中に引かれている。南ドイツの詩「最上のわざ」

この世の最上のわざは何?
楽しい心で年をとり、働きたいけれど休み、
しゃべりたいけれども黙り、
失望しそうなときに希望し、
従順に、平静に、おのれの十字架をになうー。
若者が元気いっぱいで神の道をあゆむのを見ても、ねたまず、
人のために働くよりも、謙虚に人の世話になり、
弱って、もはや人のために役立たずとも、
親切で柔和であることー。
老いの重荷は神の賜物。
古びた心に、これで最後のみがきをかける。
まことのふるさとへ行くためにー。
おのれをこの世につなぐくさりを少しずつほどいていくのは真にえらい仕事ー。
こうして何もできなくなれば、それを謙虚に承諾するのだ。
神は最後にいちばんよい仕事を残してくださる。
それは祈りだー。
手は何もできない。けれども最後まで合掌できる。
愛するすべての人の上に、神の恵みを求めるためにー。
すべてをなし終えたら、臨終の床に神の声をきくだろう。
「来よ、我が友よ、われなんじを見捨てじ」とー。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.redolog.net/mt/mt-tb.cgi/5498

コメントを投稿

About

2015年4月 1日 23:20に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「好きなものは好き」です。

次の投稿は「?を調べる 考える」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。