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2005年01月10日
季刊誌・新そば(NO.121)より
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以下は121号より抜粋
【エッセイ 】
『そばとのかかわり』・・・・・・・・・・・・・・・中村梅之助(歌舞伎俳優)
『そばと一服』・・・・・・・・・・・・・・・・・・渡辺貞夫 (サックス奏者)
『信州そば天下一』・・・・・・・・・・・・・・・・大島 清(脳生理学者)
『お蕎麦屋さんと息子と私』・・・・・・・・・・・・・室井佑月(作家)
『イカ、タコ、おそば』・・・・・・・・・・・長 新太(絵本作家・画家)
◎ 『そばとのかかわり』(6ページ)で、歌舞伎俳優の中村梅之助さんは、戦争中信州豊科に疎開していたときに、時々東京から訪れた母と一緒にそばを食べに行った思い出や、舞台で本物のそばを食べて大変な思いをされたことを語っています。全国巡演の際にはそば屋巡りを楽しみ、特に「祇園の『権兵衛』、熊本の『大石本店』、松江の『八雲庵』、小田原の『田毎』~東京虎ノ門の『砂場』」などは思い出のあるお店だそうです。
◎『信州そば天下一』(30ページ)では、脳生理学者の大島清さんにご登場いただきました。お蕎麦好きの大島さんは信州にログハウスを持ち、美味しい信州そばのお蕎麦屋さんを訪れるそうです。「近頃の私はそこを訪れるために信州におもむくようなものだ。山を二、三時間歩いたあとのソバの味は格別、ビールを加えると天を駆ける思いとなる。北信五獄、飯綱、戸隠、黒姫、妙高、そして斑尾に囲まれて食らう信州そばは天下一品だと思っている」。旧三高時代に「にしんそば」と出会い、上京してそばが常食となった大島さんのそば遍歴のエッセイです。
【 シリーズ “ちょっとおそばに” No.82】
俳優 芦屋小雁さん
草創期の超人気番組『番頭はんと丁稚どん』のイメージが今も変わらない芦屋小雁さん。今年の4月に他界した兄・雁之助さんの思い出に混じって、そばの魅力を語っていただきました。小雁さんは「そばは手打ち、これが基本です」ときっぱり。名古屋の『えびすや本店』の手打ちそばに、ずっと手打ちを貫いて磨き込んでいって欲しいとエールを送っていらっしゃいます。
【シリーズ・橋 №21】 作美善男 串田孫一
命懸けの接近
静岡県引佐町奥山にある臨済宗の名刹、方広寺の沢の上の巨岩に架かる「羅漢橋」。羅漢の数が時々増減するという、不思議をもった橋です。
【 竹老園今昔】(7) 伊藤正司
(東家竹老園 当主)
そばは日本伝統の味(前編)
釧路、「東家竹老園」の歴史を描く、「竹老園今昔」の7回目です。戦後の復興時
に、「茶そば」「そば寿司」「蘭切り」といった変わりそばへの挑戦をした伊藤徳治氏。昭和天皇皇后両陛下の北海道ご巡幸でそばをお出しすることとなった際の心境などを、三代目正司さんが綴っています。
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【 蕎麦好き博士のおもしろそば学】
(No.2)
神戸学院大学
栄養学部
草野毅徳
『蕎麦好き博士のおもしろそば学』の2回目は、「そばは日本の伝統食品」です。そばの伝統を歴史的・風土的観点から考察し、そばは和食の中の日本の伝統食と位置づけています。
【名店拝見 】
『本むら庵』(小張信男さん・東京都杉並区上荻)、
『手打蕎麦 加辺屋』(山崎俊郎さん、稿一朗さん・福岡市博多区)、
『土合やぶ』(田口宣仁さん・埼玉県さいたま市)、
『角源 桜店』(近藤全弘さん・三重県四日市市)です。
【あとがき】
らんぎりの打てる間まつや若楓
久保田万太郎
■八月十九日、神田やぶ三代目堀田康一氏が永眠されました。享年九十五。現社長の堀田康彦さんはチェコの国際そば学会に出席中で急きょ帰国されました。五代目康太郎さんも悲しみを堪え、伝統の味づくりの先頭に立っています。
蕎麦の粋の代名詞ともいわれる神田やぶを築きあげた氏の逝去は残念でなりません。氏は「新そば」創刊の故中野沙代子女子の理解者として、昭和三十五年、全国誌「新そば」の創刊をいち早く支持し、尽力されたのです。 合掌
■十月二十三日の新潟中越地震、そして数次の台風、豪雨被災地の一日も早い復興と、被災の皆さんのご健康を祈ります。 (桂)
(季刊新そば)
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コメント
◎『信州そば天下一』是非読みたいです。
投稿者 kanai : 2005年01月15日 18:12
