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2005年09月14日

饂飩蕎麦発祥の地

萬松山 勅賜承天禅寺 【住所】福岡市博多区博多駅前1丁目29番9号 【TEL】(092)431-3570

 日本の麺類の歴史を語る上でここを語らずして、成り立たない「承天禅寺」。1242年、後に京都「東福寺」を開堂する聖一国師が、開山。聖一国師は、宋の国に渡り、羹、饅、麺とともに「古文書:水磨の図」を持ち帰り、製粉技術を伝えたとされる。

「饂飩蕎麦発祥の地」の石碑の裏には、

 当、承天禅寺の開山、聖一国師は駿河の国の御出身で、嘉禎元年、大宋国に渡り、径山に至って無洋師範禅師に参じ、辛酸苦修在宋七年にして禅の大法を嗣いで、仁冶二年(1241年)目出度く帰国の第一歩を博多の地に印され承天寺を開き在住。京都東福禅寺を開山移られるまで爾来、禅の大法を拳揚されると共に宋の文化を普く我国へ伝えられたのであります。
 その代表的なものに羹、饅、麺とともに「古文書:水磨の図」に残る製粉の原理は、今日の製粉技術の根幹をなすものと云われる粉挽きの技とともに庶民の常食として粉食の手法の原点を伝承の技として残されました。
 星霜ここに七百年、時代とともに薄れゆく伝承の史実を記し聖一国師の頌徳 羹、饅、麺 この地において始めて作らしめたことを記念し碑を建て、後世に残す。

昭和五十六年三月 福岡市長 進藤一馬 

 当たり前のことながら、蕎麦も粒のままでは、麺にならず、粒を粉にする技術をいかに効率よく行うことができるかで、食生活も進歩したことと思う。聖一国師ころの碾き臼の伝来は、まことに日本の食文化を飛躍的に進歩させたことであろう。
 粉をそばがきの状態で食することこの時代。さらにそば切りが生まれるには、文献としては、350年経過する。それなりの理由があってそば切りが誕生したのであろうが、これを追いかけるのも面白い。

投稿者 kanai : 2005年09月14日 18:49

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