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2006年01月03日
それでいいのか蕎麦打ち男
【著者】残間里江子著 【題名】 それでいいのか蕎麦打ち男 (新潮社)
2007年、団塊の世代、700万人が一斉に定年を迎える。
まもなく、定年を迎えようとしている
その団塊の世代を、
同世代の著者が
“そんなことでいいのか!”と
喝をいれるのが本書だ。
「蕎麦打ち」、「NPO」、「陶芸」、「世界遺産巡り」
という、
団塊の男たちの“逃げ込み場”。
「ヨン様の追っかけ」、「孫転がし」
という、
団塊の女たちの“逃げ込み場”。
そんなものに興じている場合ではない、
主役に踊りでる最後のチャンスではないか、
というのが本書のテーマだ。
「この一、二年、
団塊の世代の、とりわけ男たちを見ていると、
彼らに「いつか」は
巡ってこないのではないかと思ってしまう。
このまま静かに朽ちていくだけなのではないか
という気がしてくる。」
と手厳しい。
「名人に選ばれた藤倉さんは、
うっすら涙を滲ませながら
「まだまだです。これからも研鑽を積みます」
と言うのを聞いているうちに、
一日中、彼らが格闘するさまを見ていたせいで
感情移入をしてしまったのだろう、
不覚にも私の涙腺までが緩んで来た。
いけない!ここで怯んではいけないのだ。
私は蕎麦打ち男を厳しい現実に引き戻し、
蕎麦を打つパワーで世の中にムチ打って欲しいと、
まさに彼らの脆弱さを打ち砕くために
雄叫びをあげているのに、
蕎麦打ち男の瞳に光る涙くらいで、
参ってしまってはいけないのだ。」
と、
著者の本書にこめた
なみなみならぬ決意もほほえましい。
「自殺のピークは五十代後半男性」
だという。
「団塊男も「本当は」という言葉が好きだが、
「今更どうにもならないんだけどさ」という
自嘲的なニュアンスをこめて、
過去完了で使うことが多い。」
そして、著者自身、
「シニアという言葉は嫌いだ。
団塊の世代の人たちは
みんな嫌いだと思う。」
という。
「ユーミンや中島みゆきや桃井かおりや風吹ジュンのような、
シニアと呼ぶのが躊躇わる人たちが五十代に参入して、
五十代イメージも大きく変わった。」
ほんとうにそう思う。
20代の頃、
山口百恵の著書のプロデュースで
話題を集めた著者の書いた
『雨天決行』を読んだ。
蕎麦打ち男には、
決してならないだろう青木にも
本書は読んでもらいたいと
思った。
また、
著者が
本書を書き綴った日々を書き記したブログも
ぜひ読んでいただきたい。
団塊の世代論として、
もっと読まれていい一冊だと思う。
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