2007年10月28日

鬼平・剣客・梅安のなかの蕎麦屋(その1)

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 池波正太郎小説のファンは多いので改めて言うまでもないが、その膨大な小説群を歴史の観点で大きく次の2つに分けることができる。
 ①戦国~江戸開府の頃…真田太平記、忍者丹波大介、蝶の戦記、忍びの風、火の国の城など
 ②江戸中期~幕末の頃…鬼平犯科帳、剣客商売、梅安シリーズ、雲霧仁左衛門など
どちらのジャンルもテンポの良いストーリー展開と登場人物の会話を通じての絶妙な心理描写などが読者を惹きつけて一度読みだすと止まらなくなる。しかし、蕎麦好きには江戸の食文化が花開き蕎麦屋をはじめ様々な食事処や江戸の食事風景が数多く登場する②のジャンルを外すことはできない。
特にテレビや映画でもお馴染みの鬼平犯科帳、剣客商売、梅安にはファンのための解説本も多数出版されていて、そのなかにも蕎麦屋について触れているものもあるが、蕎麦好きのためにこの3つの代表作に登場する蕎麦屋を一挙にまとめた。
 この3作品にはおよそ80軒の蕎麦屋が登場するが、似たような店名や、同じ店名で違う場所で登場したりすることもある。しかしそれは現在の蕎麦屋でも同じようなことがあり、あまり気にならない。登場するのはもちろん架空の店ではあるが、蕎麦屋好きだった池波正太郎らしく、あたかも実在の店で、読者が店の雰囲気や蕎麦の味を楽しませてくれるような心憎い描写をしている。
 小説のなかの蕎麦屋は主人公の贔屓の店であったり、悪人や盗人の好きな店であったり、見張り所や連絡所としても使われたり、時には男女の密会所にも使われたりする。蕎麦屋では善人も悪人も必ずと言っていいほど、店に入るとまずは酒を頼み、その後で蕎麦を手繰る。これは池波正太郎自身の蕎麦屋の楽しみ方・過ごし方を小説を通して読者に指南をしているのかもしれないが、読者も思わず小説の世界に入り込み空想の中で江戸蕎麦を堪能できる。

鬼平犯科帳  

 店名 住所(明記されていないものは推定、現住所は古地図から推定した) 作品名

 1.『小玉庵』 柳島村・妙見堂門前(墨田区業平5丁目) 唖の十蔵(1巻)
  ……盗賊が見かけられた蕎麦屋。火盗改の同心が見張りに使う。
 2.『東向庵』 紫井町(港区新橋5丁目) 座頭と猿(1巻)
  ……薄幸の女が騙された男との密会に使う。
 3.『さなだや』 本所・源兵衛橋(枕橋)北詰(墨田区向島1丁目) 蛇の目(2巻)、妖盗葵小僧(2巻)、
いろおとこ(12巻)、
  ……小柄な主人と、大柄な女房の老夫婦が営む小さな蕎麦屋。「蚤そば」とも呼ばれている。めっぽう味も良く、最近流行の天ぷらも扱う。長谷川平蔵が貝柱のかきあげ蕎麦を食べる場面が描かれている。平蔵が盗賊に出会う店。
 4.『名月堂』 日本橋・通四丁目(中央区日本橋2丁目) 妖盗葵小僧(2巻)
 ……長谷川平蔵が見張りに使う。
 5.『瓢箪屋』 麹町四丁目(千代田区麹町3丁目) 密偵(2巻)
 ……この蕎麦屋の主人・佐右衛門はもと幕臣。密偵の連絡所。
 6.『まきや』 本芝・田町三丁目(港区芝5丁目) お雪の乳房(2巻)
 ……盗賊の顔なじみの蕎麦屋。
 7.『佐野伝』 東神田・下白壁町(千代田区神田紺屋町) 五年目の客(4巻)
 ……長谷川平蔵の剣友・岸井左馬之助が旅籠に入った盗賊を見張りに使う蕎麦屋。
 8.『日吉屋』 四谷・伝馬町、全勝寺近く(新宿区舟町) おみね徳次郎(4巻)
 ……密偵おまさが幼なじみの女賊と語り合う。
 9.『翁庵』 深川・熊井町(江東区永代1丁目) 敵(4巻)、鈍牛(5巻)、用心棒(8巻)、穴(11(巻)、 春雪(13巻)、剣客医者(15巻)、流れ星(15巻)
  ……蕎麦も良いが実に良い酒を出す蕎麦屋。他の池波作品にもよく登場する。5巻「鈍牛」では放火にあい全焼してしまう。
10.『福山』 上野町一丁目(台東区上野4丁目) 猫じゃらしの女(6巻)
  ……2階の座敷を盗賊が取引で使う。鬼平犯科帳14五月闇にも同名の店がでているが住所が微妙に違う。
11.『三崎屋』 深川・清住町(江東区清澄1丁目) 剣客(6巻)
  ……密偵おまさが後をつけていた盗賊が店に入っているのを外から見張る。
12.『東玉庵』 深川・熊井町(江東区永代1丁目) 盗賊人相書(6巻)、のっそり医者(6巻)
  ……飯田橋にある東玉庵の支店。大根おろしにもみ海苔をあしらった「磯浪そば」が名物。この店が盗賊に襲われ主人夫婦ほか5人が殺害される。
13.『東月庵』 下谷広小路(台東区上野2丁目) はさみ撃ち(7巻)
  ……同心、密偵たちの集合場所として利用する蕎麦屋。下谷広小路は現在の上野広小路。
14.『翁庵』 上野広小路(台東区東上野4丁目) 掻堀のおけい(7巻)
  ……女賊と盗賊が久々に出会い2階の座敷で酒を酌み交す。上野広小路は現在の上野駅付近。
15.『常陸屋』 一ノ橋南詰・霊岸島町(中央区新川1丁目) 掻堀のおけい(7巻)
  ……江戸では名大の蕎麦屋、2階には気の利いた小座敷が3つほどあり、ゆっくり酒を飲むことが
できる。女賊が盗めの相談をする。
16.『亀玉庵』 浅草・奥山(台東区浅草2丁目) 泥鰌の和助始末(7巻)、寺尾の治平衛(20巻)
  ……人出の多い浅草寺近くにあるが、この店の奥座敷はまことに物静かで、酒の肴もうまく、西に
広がる浅草田圃が見渡せる。長谷川平蔵が行きつけの蕎麦屋。
17.『加賀屋』 神田・旅籠町二丁目(千代田区外神田1丁目) 狐雨(9巻)
  ……小体な店だが、蕎麦も酒も良く土地では知られた蕎麦屋。長谷川平蔵や密偵が見張りに使う。
18.『東玉庵』 芝・田町九丁目(港区三田3丁目) 泥亀(9巻)
  ……盗賊が利用した蕎麦屋。
19.『尾張屋』 本所・二つ目(墨田区緑1丁目) 浅草・鳥越橋(9巻)
  ……同心が見張りに使う蕎麦屋。
20.『明月庵』 上野山下・五条天神門前(台東区上野4丁目) 犬神の権三(10巻)
  ……佐嶋与力と盗賊がばったり出くわす蕎麦屋。
21.『大黒屋』 本所・緑町二丁目(墨田区緑2丁目) 蛙の長助(10巻)、むかしなじみ(10巻)
  ……しゃれた構えの高級蕎麦屋で、密談や密会にも向いた小座敷がある。細打ちの蕎麦「白髪そば」が名物。悪人が貝柱のかき揚げ天ぷら蕎麦を食べるシーンも登場。
22.『東屋』 大伝馬町二丁目(千代田区神田淡路町2丁目) 蛙の長助(10巻)
  ……悪人が時間調節に使う蕎麦屋。
23.『東向庵』 神田・三河町二丁目(千代田区内神田1丁目) 毒(11巻)
  ……小さいが上品な蕎麦屋。与力、同心、密偵が見張りに使う。
24.『小玉屋』 下谷・車坂町(台東区東上野4丁目) 土蜘蛛の金五郎(11巻)
  ……頑固そうな亭主と家族が営む小さな蕎麦屋。「太打ちの田舎蕎麦」一すじの蕎麦屋。この蕎麦は長谷川平蔵の大好物。田舎蕎麦の値段は15文。
25.『信濃屋』 深川・常盤町一丁目(江東区常盤2丁目) 二人女房(12巻)
  ……開店間もない小ぎれいな蕎麦屋。盗賊が利用。
26.『つんぼ蕎麦』 浅草・駒形(台東区駒形2丁目) 殺しの波紋(13巻)
  ……盗賊に脅されて辻切りをする同心が立ち寄る蕎麦屋。
27.『福山』 下谷広小路(台東区上野2丁目) 五月闇(14巻)
  ……密偵伊三次が行きつけの蕎麦屋。鬼平犯科帳6猫じゃらしの女にも登場するが所在地の表記が異なる。
28.『湊屋』 紫井町(港区新橋5丁目) 影法師(16巻)
  ……東海道に面した小ぎれいな蕎麦屋。同心・木村忠吾が品川宿に行く途中叔父と出くわす。 
29.『福本』 浅草・平右衛門町(台東区柳橋1丁目) 網虫のお吉(16巻)
  ……女賊から、脅されている同心の殺害依頼された浪人が見張りに使う蕎麦屋。
30.『栄松庵』 平河天満宮前(千代田区平河町1丁目) 白根の万左衛門(16巻)
  ……長谷川平蔵がお気に入りの蕎麦屋。
31.『(店名なし)』 大伝馬町(中央区大伝馬町) 白根の万左衛門(16巻)
  ……与力が大伝馬町の宿屋の主人に、捜査の協力を依頼をする蕎麦屋。店の名前は描かれていない。
32.『上総屋』 芝・田町七丁目(港区三田3丁目) 見張りの糸(16巻)
  ……密偵・相模の彦十が見張りに使う三田八幡門前の蕎麦屋。
33.『春木屋』 南飯田町(中央区築地7丁目) 霜夜(16巻)
  ……小ぎれいな蕎麦屋。長谷川平蔵が見張りに使う。
34.『三好屋』 深川・万年橋北詰(江東区常盤1丁目) 蛇苺(18巻)
  ……古い店で、密偵達も利用。
35.『小玉屋』 東海道・品川宿(品川区北品川区2丁目) 霧の朝(19巻)
  ……誘拐事件解決のきっかけとなる蕎麦屋。
36.『信濃屋』 両国・元町(墨田区両国2丁目) 雪の果て(19巻)
  ……回向院西側の小さな蕎麦屋。盗人が夜になるまで時間をつぶす。
37.『山城屋』 上野山下(台東区上野6丁目) おしま金三郎(20巻)
  ……同心・小柳安五郎が行きつけの蕎麦屋。
38.『小玉庵』 三田三丁目(港区三田3丁目) 二度あることは(20巻)
  ……同心・細川峯太郎が聞きこみに立ち寄る蕎麦屋。
39.『小玉屋』 芝・神明町(港区芝大門1丁目) 寺尾の治兵衛(20巻)
  ……長谷川平蔵が盗賊に扮して、別の盗賊と腹を満たすのに立ち寄る。
40.『加賀屋』 神谷町(港区虎ノ門3丁目) 春の淡雪(21巻)
  ……長谷川平蔵が探索に使う。
41.『小玉庵』 神楽坂下(新宿区神楽坂2丁目) 春の淡雪(21巻)
  ……この蕎麦屋の若い衆が盗人宿に手紙を届ける。
42.『東寿庵』 浅草・田原町(台東区雷門1丁目) 迷路(22巻)
  ……山芋を出汁でやわらかく擂りあげたものを蕎麦にかけた「泡雪蕎麦」が名物だが、夏場は扱わない。
43.『松露庵』 神田・三河町一丁目(千代田区内神田1丁目) 迷路(22巻)
  ……密偵おまさがよく利用する蕎麦屋。
44.『三好庵』 筋違御門外・加賀原(千代田区須田町2丁目) ふたり五郎蔵(24巻)
  ……火除け地・加賀原のよしず張りの屋台店。密偵おまさと女賊から密偵になったお糸が立ち寄り、あられそばを食べる。
45.『明月堂』 神田須田町一丁目代地(千代田区外神田4丁目) ふたり五郎蔵(24巻)
  ……長谷川平蔵や密偵が見張りに使う小間物屋の隣の蕎麦屋。山芋を擂りおろし、薄めの出汁で溶いたものを熱い蕎麦の上にたっぷりとかけ、もみ海苔を振って出す「淡雪そば」が名物の蕎麦屋。長谷川平蔵は見張りをしながら酒と淡雪そばを出前で頼む。
46.『丹波屋』 東海道・品川宿(品川区北品川区2丁目) 誘拐(24巻)
  ……長谷川平蔵が待ち合わせに使う。
47.『十一屋』 浅草・並木町(台東区雷門2丁目) 乳房(番外編)
  ……駒形の御用聞きの三次郎が女房に営ませる蕎麦屋。長谷川平蔵も訪れる。
48.『佐原屋』 芝口橋近く(港区新橋1丁目) 乳房(番外編)
  ……長谷川平蔵が探索中に立ち寄る。

 (つづく)

 ~次回は「剣客商売」の蕎麦屋を掲載~

投稿者 ishigaki : 13:10